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東京地方裁判所 昭和57年(特わ)1906号 判決

裁判所書記官

萩原房男

本店所在地

東京都保谷市富士町二丁目一二番二〇号

株式会社八千代電器産業

(右代表者代表取締役池田光博)

本籍

千葉県松戸市岩瀬一一六番地の一

住居

東京都武蔵野市境南町二丁目一二番二三号

会社役員

池田光博

昭和一〇年三月九日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官江川功出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社八千代電器産業を罰金二、〇〇〇万円に、

被告池田光博を懲役一年にそれぞれ処する。

被告人池田光博に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社八千代電器産業(以下「被告会社」という。)は、東京都保谷市富士町二丁目一二番二〇号(昭和五三年六月一七日以前は東京都田無市南町一丁目一二番一号)に本店を置き、電子機器の製造及び販売等を目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人池田光博は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人池田光博は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上除外、架空仕入れの計上などの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五三年四月一日から昭和五四年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億九、六八九万八、〇〇二円(別紙(一)修正損益計賛書参照)あったのにかかわらず、昭和五四年五月三〇日、東京都東村山市本町一丁目二〇番二二号所在の所轄東村山税務署において、同税務署長に対しその所得金額が三億四、〇一〇万六、四七三円でこれに対する法人税額が一億二、二九三万四、五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和五七年押第一五七〇号の1)を提出し、もって不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額一億八、七六六万三、七〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)と右申告税額との差額六、四七二万九、二〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人池田光博の当公判廷における供述

一  被告人池田光博の検察官に対する供述調書三通

一  検察官江川功、被告会社、被告人池田光博及び被告人両名弁護人木村喜助共同作成の合意書面

一  赤羽道重(一五丁一〇行目から同丁二〇行目までの部分を除く。)俵晶子、久松冨雄及び小野田哲夫の検察官に対する各供述調書

一  松田靖の検察官に対する昭和五七年六月九、一〇日付(七丁五行目から同丁一三行目の部分を除く。)及び昭和五七年六月一二日付(一丁一八行目から二丁四行目及び一九丁四行目から同丁一〇行目の部分を除く。)供述調書の各謄本

一  収税官史作成の交際費に関する調査書及び簿外定期預金利息等に関する調査書(抄本)

一  東村山税務署長作成の証明書

一  東京法務局田無出張所登記官作成の登記簿謄本

一  押収してある法人税確定申告書一袋(昭和五七年押第一五七〇号の1)

(争点に対する判断)

弁護人は、判示ほ脱所得中の一五〇万円について、これは、埼玉県鶴ケ島ゴルフ倶楽部の会員権取得のために支払われた同額の入会預託金に関するものであるところ、被告人池田光博及び被告会社の経理担当者俵晶子においてこれを誤って交際費(別紙(一)修正損益計算書〈29〉参照)として損金処理したため生じたものであるから、右金額ないしこれに対応する税額については、被告人池田にほ脱の犯意はない旨主張する。

よって判断するに、前掲証拠によれば、被告会社が右鶴ケ島ゴルフ倶楽部の入会預託金として一五〇万円を支払ったのは昭和五三年一一月六日ころであり、被告人池田は、経理にも明るく当時から、右一五〇万円がいわゆる預託金として将来全額返還されるべきものであり、会計処理上損金性を有しないものであることを知っていたうえ、前記俵晶子作成の前同日付振替伝票には、右一五〇万円が一たん福利厚生費とされたのち、これを抹消して交際接待費と訂正して記載、処理されていることが認められ、被告人池田も、当時これを見ているはずであると供述している。(同被告人の検察官に対する昭和五七年五月二七日付供述調書)。しかるに同被告人は、その訂正を指示することなく、そのまま放置し、昭和五四年五月中旬ころ、数回にわたって被告会社の顧問税理士赤羽道重と本件昭和五四年三月期の決算・申告事務の打合せを行い、申告内容を確認・了解した際にも、これを指適せず、同税理士側の見落しもあったため、結局、本件一五〇万円が損金に計上されたまま、確定申告に至ったことが認められる。ところで、被告人池田は、捜査段階及び公判を通じ、右打合せの際には気付かないまま後事を託して海外旅行に出掛け、確定申告後に帰国して誤処理に気付き、これを訂正するため昭和五四年六月一一日修正申告に及んだ旨供述している。たしかに、関係証拠によれば、本件の確定申告手続は被告人池田の海外旅行中になされ、その帰国後の右同日の修正申告において右誤処理が訂正されていることが認められる。しかし、他方、被告会社では製品の販売面を豊栄産業株式会社に任す方針をとっていたため、販売対策上の交際費を使用する必要はなく、被告人池田が交際費の使用を好まなかったこともあって交際費の支出は少額で、昭和五四年三月期の計上額も合計二九二万五、三七〇円に過ぎず、そのうちに右の一五〇万円が含まれていたのであり、また、前記修正申告も被告人池田の個人所得の急増を回避するため、同被告人に対する被告会社の株式配当金を一億円から一、〇〇〇万円に減額することに主たる狙いがあって、その他の不正行為関係分は何ら修正されていないことが認められ、前示赤羽道重の検察官に対する供述調書には、配当金に関する右の修正申告を行う際に、事務員の保坂が右の誤処理を発見した旨の供述記載すら見受けられる。以上のような事情に照らしてみると、右の一五〇万円について、前示のように本件確定申告の内容が検討された際、被告人池田においてその誤処理に全く気付いていなかったというのは甚だ疑わしいといわざるを得ない。たとえ、弁解が真実であるとしても、そもそも、本件犯行の手段は、売上除外・たな卸除外・架空仕入れの計上など多岐にわたり、これらを被告人池田において、前記俵晶子に直接指示するなどして実行していたものであって、同女の前記誤処理や被告人池田の見落しなども、右のような同被告人の姿勢が影響して生じたものといえないではない。また、この誤った税務処理の修正によって増加する所得金額ないし税額が全体の中で占める比率も極めて少ないものである。こうした事情のもとでは右のような結果はむしろ被告人池田の容認するところであったと認めざるをえない。しかも、本件は被告人池田において、前記のような事前の所得秘匿行為をなしたうえで判示過少申告行為に及んだものであるから、右過少申告自体も全体として所得秘匿の手段たる不正の行為ということができる。したがって、免れた税額の中に、これと無関係な特段の事情に基づく部分が認められない本件においては、弁護人の指摘する部分を含め、申告税額と正当税額との差額全額について右不正行為との因果関係が肯定されることはもとよりのこと、ほ脱の犯意においても欠けるところはないというべきである。

結局、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人池田光博の判示所為は、行為時においては昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一五九条一項に、裁判時においては改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により、軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

さらに、被告人池田光博の判示所為は被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社については、右昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項により、判示罪につき同じく改正前の法人税法一五九条一項の罰金刑に処せられるべきところ、情状により同条二項を適用し、その金額の範囲内で被告会社を罰金二、〇〇〇万円に処することとする。

(量刑の事情)

本件は、インベーダーゲームなどの娯楽機器の製造等を業とする被告会社において、一億五、六〇〇万円余の所得を秘匿し、六、四〇〇万円余の法人税の支払いを免れた事案で、そのほ脱率は、所得において三一パーセント、税額において三四パーセントに及んでいる。その犯行の手段方法は、被告人池田において、売上除外、架空仕入、棚卸除外などにつき、細かくその方法を経理担当者に指示し、裏帳簿を作成させ、関係取引先とも通謀して内容虚偽の納品書、領収書をもらい受けるなど種々犯行の発覚を防止するための手段を整えたものであって、巧妙かつ悪質であり、通謀先の豊栄産業株式会社に国税局の査察が入るや、右裏帳簿の隠匿を従業員に指示するなどもした。しかも、前年の五三年三月期について所轄税務署の調査を受け、修正申告をした後に本件犯行に及んだもので、被告人池田の納税意識の希薄さは明白であって、その刑責は軽視できない。本件犯行の動機について、被告人池田は、かつて自己の経営した会社が倒産し、悲惨な目にあったことから、思いもかけぬ利益がでたこの際に、倒産などに備えて裏資金を蓄えておくため脱税した旨供述しているのであるが、こうした非常の場合に備えては、決算ないし税務申告上それなりの対応措置が認められているのであって、これと別に、本件の如き悪質な脱税をしてよいとするいわれは全くなく、右の動機を格別斟酌するわけにはいかない。

しかしながら、脱税額が判示の額に至ったのは、インベーダーゲームが昭和五三年暮ころから急激なブームとなって、被告会社に予想を越える利益をもたらした面もあり、被告人は、その後本件を反省し、修正申告をしたうえ本件に係る法人税等の支払いを済ませ、今後は正しく納税する旨供述しているところであり、また被告人らに前科前歴もない。主たる通謀先であった豊栄産業株式会社との取引も整理・縮少の方向にあることなど諸般の事情を考慮して、主文のとおり量刑する。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 原田敏章 裁判官 原田卓)

別紙(一) 修正損益計算書

(株)八千代電器産業

自 昭和53年4月1日

至 昭和54年3月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二) 税額計算書

(株)八千代電器産業

〈省略〉

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